夜の11時、もう周りは静まり返っていた。
大学の通学に便利だからと、一人暮らしを初めてもう7年になる。
一週間ほど遊びに来ていたホープを送って、ベッドに寝そべっていた。
こうやって、静かになると色々と考え込んでしまう。
考え込むとなったら、やっぱり音楽か明のことだ。
『どうして僕なんだよ。カズなら男でも女でも、もっと良い人がみつかるだろ?』
今日の電話でそんなことを言っていた。
分かっていない。
俺から言わせれば、お前の方がバカだ。
自分の価値が分かってないんだよ。
少なくとも、俺にとっては唯一無二の人間(ひと)なのに。
あいつに救われ、救いたいと思った。
いつも作る恋人とは違う、肉欲だけではないこの熱い気持ち。
あいつにしか抱かない。
あいつでなければ、動かないその気持ち。
俺を救ってくれた、あのまっすぐな黒い瞳が忘れられない。
16の時、弘志の勧めでドイツ留学をした。
5人が出会って、5年目。ほかの4人も一緒で寮生活。
そこでの1年間で、俺たちはずいぶんと親しくなって、言いたい放題のケンカも出来るようになったし、仲間意識も強くなった。
浮いていた明もケンカしながら馴染んで、俺とは年の差なんでどーでもいいほど仲良くなった。可愛い弟分っていう感じかな?
それぞれが帰国しても、それはかわらない。
それまで、弘志を仲介していた俺たちは、個人個人で連絡を取り合うようになった。
――それから2年後。
俺に転機・・・・・初めての試練というか、来るべくして来た問題が浮上していた。
『カズ、カレイズ。大学は、経済学部か法学部に進みなさい。』
親父の一言。
俺の実家は、旧伯爵家で代々会社経営をしている。
そこの一人息子である俺には、当然過ぎる将来だった。
親父も母さんも、ピアノは教養ぐらいにしか思っていない。
でも、俺は弘志と出会い、明たちと出会って音楽の楽しさも厳しさも知ってしまった。
それでも、両親の立場や気持ちがわかるから学校は音楽科のあるエスカレーター校に入った。希望があれば、転科することも可能だった。
つまり、親父は転科しろって言ってるんだ。
――分かっていたのに。そんなこと、分かり過ぎてたのに!!
俺の手元には、弘志からの手紙ともう一通の封書があった。
内容は・・・・。
『カズ元気かな?私もアメリカで、忙しい日々だ。君ももう18だ。大学に進学するんだろう?聞いたよ?
B音大からの推薦があったんだって?すごいじゃないか!
来年からそこに行って、留学生としてこっちにおいで。君の実力なら文句なくこっちでも学べるから。
親御さんのこともあるだろうから、よく話しあって悔いのないように選択しなさい。
何かあれば、連絡してきなさい。出来うる限りのサポートはするよ。』
そんな感じだった。
もう一通の封書は、推薦状。
フランスでは名門中の名門大学からの、お誘い。
俺の演奏会を聞いていてくれた教授が、是非にって呼んでくれている。
――本心を言えば、行きたい!音楽を続けたい!!やめたくない!プロになりたい!!
でも、両親のことを考えるとそうは行かなかった。
俺がNOと言って、跡を継がなければ何千人って言うフランス人が路頭に迷う。
俺一人の問題じゃない。
正直言って、明たちが羨ましかった。
何の問題もなく音楽をやっていける。
文の両親は音大の教師だし、夏は次男だし、ポープは父親が軍人だけど跡取り問題はない。
明に至っては、一般家庭だ。何の問題もない。
それも、後に間違いで俺の方が幸せだったと気づくのだけれど。
その当時は、そんなこと気にしてられなかったし、何も知らなかったから。
どうしてなんだ?どうして好きなことを続けちゃいけない?
そればかりが渦巻いていた。
親父は家庭教師をつけてきて、ピアノを練習する時間さえろくにもらえない。
母さんも、「それが、あなたの為よ。」と言う。
確かに音楽家は芸能人と同じで不安定だ。
言っていることも分かるよ。理屈はわかる。
でも、駄目なんだよ。気持ちが追いついてくれない。
俺の気持ちは鍵盤の上にあるんだ。
夢は諦められないのに、現実は夢を切り捨てろと言って来る。
いつからか、学校に言ってもピアノが弾けなくなっていた。
いや、弾いてはいるがこんな演奏パソコンでもできる。
弾こうとすると、汚い感情ばかりが音にのってしまう。
――音楽はその人の、感性が命なんだよ。感情をのせて初めて人の心に響くんだ。
弘志の言葉が、浮かぶ。
そう、きれいな感情や悲しさも音は伝えてくれる。
汚い感情も。嫉妬や怒りやねたみも何もかも・・・・・。
サイテーーーー!!!!
俺は、部屋に篭った。部屋って言っても防音の練習室だ。
ピアノ、ソファ、譜面台、テーブル、楽譜の入った本棚、電話・・・・。
音楽に必要なもの以外は、おいていない殺風景な部屋。
内側からロックしてしまうと、外からは開けられない。
内線電話を使うしかなくて、一人になるにはうってつけだ。
何もかもがいやだった。
何度か弘志に相談しようと思ったけど、受話器を取れなかった。
親父達に、この気持ちはわからないだろうね・・・・。
音楽を愛してなければ、分からない。
身動きが取れない。苦しい。
ピアノ・・・。弾きたいのに弾けない。俺の半身。
ソファに座って、ひざを抱えた。
もう、なにもかもから逃げたかった。
『タッタララ〜♪タッタララ〜♪タッタララ〜♪』
電話が鳴った。くるみ割人形ってことは、4人のうちの誰かからの国際電話だ。
迷った。気負ってたわけじゃないけど、一番年上って言う感覚があったから。
励ますことはあっても、励まされては・・・・・。
でもその時、その電話をもし取っていなかったら、今音楽家カレイズ・ランスは居なかった。
恐る恐る受話器を耳に当てると、なんだか久しぶりに聞くこえが聞こえた。
『もしもし?カズ??明だけど・・・・・。今平気?』
俺を救ってくれる声だった。
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