「・・・・・ここがイイ??」
「こんな時ばっかキチクだよね!!文ひ・・・あっ!いやぁ・・・・」
T音大4年生の斉賀 文広(さいが ふみひろ)は、同じくT音大2年生の風峰 夏基(かざみね なつき)と、まぁ・・・恋人同士なら当然の行為をしている真っ最中だった。
今日は、久しぶりに二人揃って夕方から時間を合わせることができた。
お互いが海外に行ったり、大学の方が忙しくなると、頻繁には会えない。
そうなると、男としては歯止めも利かなくなってくる。
もともと、幼馴染で住んでいる家も車で15分程度の距離だ。
今日は夏基の家に来ている。
そんな、僕たちは帰宅の挨拶もそこそこに、ベッドの上に来ていた。
「イきたいなら、いいのに・・・・」
「ばっ・・・・かぁ!そんなの無理ぃ・・・・」
あっ、そうそう僕らは男同士。
お互いの両親も、全然反対しない。
夏基の家には兄貴がいるし、僕の家は三男の家庭で、跡取り問題なしだからだ。
両親も音楽の先生だったり、音楽関係の会社に勤めていたりでそう言うことには、なれていたしね。
「ねぇ・・・・。ひゃぅっ!もう、だめぇ!!俺死んじゃう!!」
つらつら考えていると、夏基がボロボロと泣きながら訴えてきた。
何が、死んじゃうかって?
僕と夏基は、もう繋がってるんだけど・・・・。
夏基の良い所を攻めないで、緩慢に愛撫してんだ。
しかも、自分で自分のモノを触るのも手を掴まれてちゃ無理だし。
正当な訴えだね。いつも、しっかりしている夏基をこんな風に泣かせるのが僕の楽しみだって本人が知ったら後が怖い。
それでも、泣いて縋る夏基を見たいと思う僕は、やっぱりキチクなのかなぁ?
「ごめん・・・。いいよ。一緒にイこう」
そういって、何度も突き上げないうちに、二人とも絶頂をむかえた。
さすがに、夏基の中に長時間いれば僕の限界も煽られる。
脱力しきっている夏基の体を抱きこんで、ご機嫌取りのキスをした。
すると、茶色の瞳が涙ぐんで見つめてきた。
「ごめん。やっぱり、やりすぎたね?」
「ううん。大丈夫・・・・。」
やっぱり、ベッドの上の夏基は素直で可愛い・・・。
完全に惚気かな・・・・。
「ねぇ、今日さ。カズが来たんだ。家に・・・・・」
気だるげな表情のまま話し掛けてきた。
「カズか、今日まで日本にいたんだもんな。会いにきたんだろう?僕は昨日あったしね。」
カズっていうのは、僕らの友人の一人で日本に仕事できていたんだ。
「うん。それだけなら、よかったんだけど・・・・」
「だけど・・?」
濁した言葉の先を促す。
「下の練習室に、明がいたんだよね。何してたかは、知らないけど。」
それだけで、大体の予測がついた。
「つまり、おまえだと思って開けた扉の先に明がいた・・・・・」
「そう、しかも明には会わずに帰ってる。目が多少潤んでたのは、俺の気のせいかなぁ?」
夏基も僕も、カズが何を見たのか予想が付いてきた。
普段日本にいないカズは、明が時々そうしているのを知らないんだ。
「カズもさ。どうしていいのか、わからないのかもね。」
「口説き落とすのに?」
「いや、関係の確立ってやつ?親友以上恋人未満って、かなり中途半端でしょ?」
関係の確立ねぇ。明の考え方が変わらない限り難しそうだな。
「カズも、そう簡単には諦めそうにないけどな。なにせ、明が5歳の時から一緒なんだし、そこいらの恋愛と年季が違うって。」
「5歳かぁ、そんなに長く俺たち一緒にいるんだね。懐かしい・・・・」
僕の腕の中で身じろいで、天井を見上げる。
「あの頃は、まだなにも知らない時期だったからね・・・・。」
「うん。あれが、すべての始まりだったんだよね。」
そういって、気だるい体を動かすのが億劫で、僕らは思い出話をはじめることになった。
その記憶はおぼろげだ。
なにせ、僕が7歳、夏基が5歳の時の出来事だ。
鮮明に覚えているほうが、凄いとはおもえないだろうか。
僕と夏基はその頃はまだ、ただの幼馴染で、双方の両親が音楽関係者ということで、
言われるままに音楽を奏でていた。
「ねぇ、今日って新しい子が来るらしいよ〜。」
発表会のリハーサルが終わった夏基が、フルートを片付けながら話し掛けて来た。
「新しい子?僕ら以外に?」
「ひろしが連れてくるの?」
「日本人かな?」
一番初めに答えたのは僕だ。
そんなことは初耳だった。
次に答えたのは、ホープ・スミス。
僕よりも1つ年下だ。
『ひろし』っていうのは、僕らの先生。
呼び捨ては、弘志のポリシーってやつらしい。
人種を気にしたのは、カレイズ・ランス。
通称・カズだ。年上の11歳。
ホープは日本人のお母さんを持つアメリカ人。
カズはお母さんが、日本人とアメリカ人とのハーフ。
父親がフランス人。
つまりは4分の1が日本人だ。
僕らは、それぞれ日本、アメリカ、フランスで音楽を学んでいた。
音大の付属に通っていたり、習い事としてやっていたり、環境は様々だったけど。
どうして、環境も国籍さえバラバラな僕らが一緒にいれたかって疑問が浮かぶけど。
それは、弘志のせい。いや、今となってはおかげかな。
その当時、僕らは弘志の凄さなんて微塵も分からなかったけど、22になった今なら身にしみて分かる。
『ひろし』こと、宇津木弘志はその当時、アメリカの名門音楽大学・J大に教授として赴任していたんだ。日本人が教鞭をとることは、めったにない。
そして、日本の音楽レヴェルを上げる為に、子供たちの教育にも熱心だった。
色々な、発表会を見ては、才能ある子を手元に置いていたらしい。
で、才能があるかどうかは定かじゃないけど、僕らは弘志の手元にいたという訳。
普段の僕らは、扱う楽器も別だから他の先生に習っているし、自分の国にいた。
学校だってあるしね。今は、夏休みだからこうして弘志とみんなで日本にいる。
弘志が集めた僕らの発表会の為に。今日がその本番ってこと。
結構、緊張していた。
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